交流分析の考え方 ~I’m O.K. , you’re O.K.~

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自分をまわりと比べるようになったのはいつからだろう。あの子は自分より賢い。あの子は自分より可愛い。力がある、人気だ、上手・・・。

もはや周りが正しくて自分が悪いかのように。まわりに比べて自分はなぜこんなものなのか、責めるのは思考のクセになってた。

エリック・バーンの、I’m O.K. , you’re O.K.という考え方。

パターン化している自分のアホさが嫌で、そんな状況をどうにかしたくて。

もともと心理学とか行動学とかが好きだったけど、いろんなものを読んでいた時に出会ったのがエリック・バーンのI’m O.K. , you’re O.K.という考え方。

上記のがエリック・バーンの交流分析(TA)について概要をつかむのにもってこいだと思う本。

優しく総合的に書いてあるので浸透しやすい本です。これを読んで記事を書こうと思った。

交流分析(TA)とは

交流分析とは、アメリカの精神科医エリック・バーン(E.Berne)が考案した理論体系で、1950年代から発達してきた心理療法のひとつです。 交流分析は自分自身のことや、人と人との間で何が起こっているのかを知りたい人に役立ちます。

http://ta.direct-comm.com/

心理的な分野の中でも、人と人との関わりにフォーカスしているようなイメージですね。

I’m O.K. , you’re O.K.とは

人は、他人との関わり方を大きく4つの基本姿勢に分けられるという考え方のひとつです。

生後3ヶ月で決まる、人生の基本的な態度とも言われています。それがこの図の4種類。

20160519163802
  1. I,m OK. You,re OK.
  2. I,m OK. You,re not OK.
  3. I,m not OK. You,re OK.
  4. I,m not OK. You,re not OK.

交流分析なので「I(自分)」と「You(自分以外の人)」というのを軸にして考えています。

I’m O.K. , you’re O.K.というのは、①番にあたる状態です。

I’m not O.K.だった、わたしの人間関係は苦しかった。

その4つの心理ポジションですが、以下のように言い換えることもできます。

I,m OK. You,re OK. → お互いを認め合える
I,m OK. You,re not OK. → まわりがとにかく悪い
I,m not OK. You,re OK.→ とにかく自分が悪い
I,m not OK. You,re not OK.→自分も周りも、世の中全部だめ

こうするとちょっとわかりやすいかも。

とにかく自分に自信がなくて、明らかなものがないと好きなものすら表現できなかったわたしはハッキリ言ってI,m not OK.の世界しか知りませんでした。

つまり、誰かや何かと関わると、自分が何かしらダメか、とにかく全部ダメかしかなかったんです。

その状態だと、何かで評価されても、こんなことができたってどうしようもないと卑下する気持ちが湧きあがる。

現代文で満点をとっても、現代文なんて皆が使えるものだから。たまたま運がよかっただけだから。

ライティングで報酬をもらっても、文章なんてお金にならないし不安定だから意味がないだとか。

結果、やりたいって言えなかったり自己発信が苦手になる・・・というの通例であり自分にも当てはまっていたなと思います。

(今の状況から思うとアホかと笑い飛ばしてやりたいし、女の子がやるには可愛くないから今すぐ辞めるべきだと思う)

I’m O.K. , you’re O.K.が一番しあわせ。

I,m not OK.しか知らなくても、意識すればI’m O.K. , you’re O.K.の状態が魅力的だということはわかります。

好きな仕事をしている、ダラダラしている、怒っている、楽しんでいる、どんな自分だってO.K.っていう安心感。

もっといえば、高校を辞めたっていい。自己表現していい。嫌なものは嫌でいい。

それってすごく幸せなこと、しかも別に特に我儘じゃありません。

集中して仕事をしたいとき、ダラダラしたいとき、怒るとき、楽しいとき、そんなのって当たり前に存在していて、それを自己表現するのって全然ダメじゃない。

I’m O.K.って、特別な状態じゃない。むしろ当たり前の欲求です。

他人と違うのが嫌。そんな自分も、まわりも好きになろう。

ちなみに、とことんI’m O.K.でも友達は減りません。

私も「あいつ我儘だよな」って言われて、ボッチになるかな~とか思ってたんですが、むしろ自分を許せなかったときよりステキな人がまわりにいてくれてます。

自分なりに解釈した理由は2つ。

1つめは、絶対に自分が嫌がるだろうことをしちゃったのに「いいの!!わたしが悪いの!!」って謝ってくる人って、悪い人だとは思わないけど矛盾を感じませんか?

他にも、絶対悲しませることをしたのに「大丈夫、あなたは正しい!」って絶対言ってくる人にも不信感が芽生える。

嫌いとまではいかなくても、私が悪いと思っていることをこの人は悪いと思わないんだって、相手は価値観の違いを感じる。

くわえて、私の場合にかぎっては「無理してるな」って自覚症状もありました。

明らかに自分を偽って無理をして、爆発しそうな人によって来るなんて、相当なもの好きだと思うんですよ。

いつ爆発するかわからなそうで怖いですもんね(笑)

2つめは、自分を許すことでまわりを許すことも上手くなるから。

自分以外に正しいものがあって嫌々ながらも同調してる時ってやっぱり無理をしている。

だから、いざというときに相手が我慢することを求めちゃったりするんです。

したいことをする自分を許せないんだから、あなたのしたいことをするなんて許せない、そんな雰囲気がでちゃってたと思う。

やりたいことをやってる人がうらやましい、そういう無意識が出るんですよね。

例えば、普段だったら気にしないのに、束縛をめっちゃしてくる彼氏が他の女の子とラインするのはムカつくのと同じ(笑)

我慢しておそろいのものを身に着けてるのに、相手が先にやめてウザいとか。アナタがそういったからしたのに~~みたいな、そういう感じ。(笑)

でも他人と比べることをやめて、どんな状態だってかまわないってスタンスにして。

わたしも好きなことをするから、まわりにも好きなことをしていてほしいって思えば、とっても身が軽くなりました。

各々好きなことをした先で、その内容を語らえたらどれほど幸せだろうかと思うのです。