椎名林檎ファン歴15年。宇多田ヒカルとの二時間だけのバカンスを考察してみた

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どうも、椎名林檎に惚れてから早15年。ライターの中馬(@chuuuuuman)です!

宇多田ヒカルさんのアルバム「Fantôme」に収録されている「二時間だけのバカンス」は、椎名林檎女史とのコラボレーション。眼福、耳福すぎる。

曲調は林檎色、ヒカル女史の透き通った声がすごくキレイ。

不倫の曲?非日常のスリル?といわれてる本曲ですが、考察をしてみました。

宇多田ヒカル×椎名林檎 二時間だけのバカンス 歌詞

まず歌詞を引用させていただきます。

クローゼットの奥で眠るドレス
履かれる日を待つハイヒール
物語の脇役になって大分月日が経つ

忙しいからこそ たまに
息抜きしましょうよ いっそ派手に

朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ
思い立ったが吉日 今すぐに連れて行って
二時間だけのバカンス 渚の手前でランデブー
足りないくらいでいいんです
楽しみは少しずつ

Ha Ahh-

お伽話の続きなんて誰も聞きたくない

優しい日常愛してるけれど
スリルが私を求める

家族のために頑張る 君を盗んでドライヴ
全ては僕のせいです わがままに付き合って
二時間だけのバカンス いつもいいとこで終わる
欲張りは身を滅ぼす
教えてよ、次はいつ?

ほら車飛ばして 一度きりの人生ですもの
砂の上で頭が痺れるようなキスをして
今日は授業をサボって 二人きりで公園歩こう
もしかしたら一生忘れられない笑顔僕に向けて

宇多田ヒカル×椎名林檎 二時間だけのバカンスは不倫の歌?

結論からいわせてもらうと、私は不倫論に異議を唱えます!

むしろ、妻と夫のラブラブデートにしか聞こえないのです・・・!

不倫論を要約させていただくと、

優しい日常愛してるけれどスリルが私を求める

→危ない!

家族のために頑張る 君を盗んでドライヴ

→危ない!!!

欲張りは身を滅ぼす

→危なすぎる!!!!!

という感じが多いです。

これって宇多田ヒカル女史や椎名林檎女史が名言してるんでしょうか?

日常と非日常のスリルを表現というコメントは見たんですが、もしどこかでされていたら教えてください。

宇多田ヒカル×椎名林檎 二時間だけのバカンスの歌詞の意味を考察

個人的には「妻と夫のラブラブデート」、しかも「家族旅行中のラブラブ夫婦シーン」だと思う本曲。

一つ一つ取り上げていきます。

クローゼットの奥で眠るドレス
履かれる日を待つハイヒール
物語の脇役になって大分月日が経つ

見た目を取り繕ってどうこうする恋愛期間は終わった。

けれど、あの時の思い出は捨てられずクローゼットの奥にとっておいてある。

また、物語の主役は別にある。(→子どもでは?)

忙しいからこそ たまに
息抜きしましょうよ いっそ派手に

子育て、忙しいでしょうね。

昔の様に派手な息抜きはあまりしていない。

でも今できる息抜きといえば家族旅行・・・?ここで思い出す「クローゼットの中で眠るドレス」はリゾートドレス?

朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ
思い立ったが吉日 今すぐに連れて行って
二時間だけのバカンス 渚の手前でランデブー
足りないくらいでいいんです
楽しみは少しずつ

朝昼晩と、一緒にがんばる私たちのエスケープ。

働き者のパートナーを労わってる場面なんじゃないでしょうか。

家族旅行で過ごす時間も幸せ。だけど、恋人(夫)との二時間だけが母であるべき自分の本当のバカンス。

今は足りないくらいでいい、子どもが成長していくのも楽しみだし、成人した後は二人きりの楽しみが続く。

お伽話の続きなんて誰も聞きたくない

お伽話って、恋が実ったり結婚したりが多いですよね。

そこから考察するに、これは結婚後の夫婦の物語。

優しい日常愛してるけれど
スリルが私を求める

母であり、子供の成長を見守る優しい日常。父である夫を愛している。

だけど好きな人(夫)と仕事終わりにデートしたり、自由な恋愛時代が恋しくもある。

もしくは、ここから夫目線になるのかなって思います。

その場合、優しい母である妻も愛しているけど、女性として好きだった彼女を求めてしまう的な感じでも解釈できますね。

子どもを最優先しないっていうスリル、父母でなくなるスリルだと思います。

家族のために頑張る 君を盗んでドライヴ
全ては僕のせいです わがままに付き合って
二時間だけのバカンス いつもいいとこで終わる
欲張りは身を滅ぼす
教えてよ、次はいつ?

家族のためと頑張る、君(妻)を盗む。

自分だけを見てほしいという、夫の男の子的なワガママに付き合ってほしい。

二時間だけのバカンス。子供から目を離していられるのはそれくらい。

欲張りは身を滅ぼす。もし目を離した好きに今の幸せ(子ども)に何かあったら・・・。

でも、次の夫婦の時間はいつになるんだろう?

ほら車飛ばして 一度きりの人生ですもの
砂の上で頭が痺れるようなキスをして
今日は授業をサボって 二人きりで公園歩こう
もしかしたら一生忘れられない笑顔僕に向けて

父や母の自分達もいいけど、一度きりの人生。砂の上で頭が痺れるようなキスをして。

今日は授業(子守や父母としてお手本でいること)をサボって、二人きりで公園歩こう。普段は家族で行く公園に。

もしかしたら一生忘れられない笑顔 僕に向けて。

ほとばしる最愛の妻な感じ、結婚式の永遠の愛っぽい!すてき・・・と思ってしまいました。

また、跳躍してる気もするけど、林檎女史にとっての「車」について。

依存症という曲では廃車予定の自分の愛車を真っ二つに切るというMVを作っていて、撮影後にあられもない愛車の姿を見て泣いたというエピソードは割と有名。

その愛車には「ヒトラー」という名前を付けて可愛がっていたそうですけど、林檎女史にとって「車」って運命とか人生っていうメタメッセージを含むのかなって思ってます。

そこで「車をとばす」・・・。人生を早送りして的な意味合いもあるのかなと思いました。

とにもかくにも、私はこの二時間だけのバカンスがラブラブな夫婦エピソードにしか聞こえません。

あと個人的に、宇多田ヒカルさんと椎名林檎さんがお昼のお茶会で「旦那とデートしたいわ~」とか言ってたら萌える。可愛い。

二時間だけのバカンスはLGBT的なメタファーをもつ?

ちなみに、LGBT論はなるほどな・・・と思いました。MVも刺激的ですもんね。

冒頭の「クローゼット」は、自身の性的指向や性自認を公表していない状態をさした言葉であること。

しまい込まれた「ドレス」という言葉は、忘れられた女性性という解釈。

歌詞中に出てくる「君」は家族持ちであることなどなど、確かにな~って思いました。

ただ、同性愛的なものだったら、それが物語に出てくる「君」や「僕」の本質なんだと思うんですよね。

優しい日常愛してるけれど
スリルが私を求める

もし君や僕が本質を隠していたとしたら、それは「優しい日常」になるのかが疑問です。

妻をやってる、母をやってる、自分を偽った日常が「優しい」のか・・・?

もし自分を偽って無理やり母をやっているとしたら、苦悩に満ちた日常になるのでは~と違和感があります。

二時間だけのバカンスの「日常」はそれぞれなのかも

まあ、こんな思いを巡らせていても、林檎女史はインタビューや新曲発表の場面で「歌詞に意味はないです」とか「造形美として文字をとらえてます」なんて答えてたりする。

解釈は聞いた人の数だけあっていいんだと思います。

私の個人的な解釈では夫婦のデートだけど、椎名林檎は歌手でありアイドルでありつつパフォーマーでもあると思うから、どれか1つだけの視点で描かれているとも限りませんよね。

1番はLGBT的な意味、2番は教師との不倫だとか、場面によって違うのかも。

そんな二時間だけのバカンスは、宇多田ヒカルさんの「Fantôme」に収録されています。

他の曲も考察してみてますのでぜひとも!

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