一緒にいると楽しい、だから好きっていう人が強制力有りすぎて怖い。

スポンサーリンク

なんかもう、等身大でいいかなって。ていうか普段からこんなこと考えてるんですよねって。

言葉の強制力は本当に凶器。

本当、言葉って凶器だと思うんですよ。めちゃくちゃダメージをあたえて、トラウマにすれば何年も相手を苦しめるのに、基本的には致命傷は負わせない。

正確には凶器にも癒しにもなりえるけど、凶器として使う場合は、傷口が見えないぶんタチが悪い。

知らない間に膿んで取り返しのつかないこともあれば、たった数文字で十何年のトラウマを解消する特効薬にもなりえる。

世の中的には普通なのかもしれないけど、ぐるぐる考えてこじらせてしまう、しがないライターとしては、避けている表現がある。

一緒にいると楽しい、だから好きは猟奇的すぎる。

とても気になるのがこれ「一緒にいると楽しいから好き」、非常に猟奇的だと思う。

恐いなと思う反面、わたしのなかで一種のバロメーターにもなっていて。この選択肢が限られているから、恐ろしく感じられるのかもしれない。

個人的に、付き合おう、彼氏or彼女はいるの、おまえを信じていいなんだな、一緒にいると楽しいから好き、は同列の言葉だ。

これらの共通点は、言われた時の気持ちの変動。どうしようもなく、相手への気持ちを量ってしまう。

あえてのグレーをえぐる、そこがとても似ている。例えば、「一緒にいると楽しいから好き」と言われたときの変動としては以下の3通り。

①わたしも楽しい!だから好き。

歯がゆい。とっても歯がゆい。

自分で思い浮かべてしまった瞬間、全力で問うてますよ、「楽しくなかったら嫌いなの?」って。しかも、楽しくなくなっちゃったら嫌いになっちゃうのって。

個人的にはこれを思い浮かべてしまったら終わりです。思い浮かべられても終わりだなって思ってる。早い話が、こう変動してしまったら、次がないから。

「わたしも楽しい!だから好き」は、今回は楽しかった、けど、楽しいとは限らないから次はないENDではないだろうか。

あなただったから楽しかったわけでもないし、他に一緒にいるメリットもない。ただ、あなたといるのは楽しいから、それだけなのだ。恐ろしい。

こんな思考回路をさせるくらいだったら、「一緒にいると楽しいから好き」って言わない方がいいんじゃないかと思うわけですよ。今日はすごく楽しかった!もういいじゃん、これで。

②そりゃあ楽しいでしょうね、よかった。

主に接待などの場合、これを思い浮かべてしまいます。

上司との飲みの席、それも送別会や歓迎会などになってしまったら最たるもの。

他にもちょっと気を使っている人に対しては思っちゃたり。楽しませる前提だからこそ、むしろ楽しんでくれなきゃ困っちゃうし、よかったよ本当、一安心だよ(ふう)みたいな感じなんですよね。

ここまで卑屈な見方をしなくても、例えば誰かを祝いたいと思っていたり誰かの為を思ってした行動だったら楽しませることが前提。

楽しんでくれたことイコール、周囲の任務達成なのだから。

そこで「だから好き」と言われても、一生楽しませろってことですかと思ってしまう。

(そうね……と受け止められるかどうかは、ストレスの蓄積度合いによる)

自分が発信する側だとしても、楽しんでもらうために、相手が無理をしていたとしたらどうなってしまうんだろうとよぎる。

一緒にいてくれて楽しかった、ありがとう!じゃダメなんでしょうか。一緒にいると楽しいから好き、その言葉は強制力がありすぎる。

③あなたとだから楽しくなったわ。

分かれ道①と②を見てきて、これが一番相手のことを好いているのは明白。別にそれをしようがしまいが、その人とだから楽しかったんですもん。

だけど、これを思える事って早々ない。

この「あなたとだから」がつくってことは、もともとは楽しくない可能性があったはずなんですよ。

だって誰とやっても楽しめるようなことだったら、あなたとだったからなんてよぎらないハズなんです。

たとえば無理やりしてるテスト前の勉強とか。憂鬱な出勤時間とか。

人生においての大変なことだけど「あなたとだから」楽しかった、そういうことですよね。

人生において、楽しくないことや無理やりしていることの割合ってどんなものでしょう。

わたしはあまり多くありません。今は割と楽しく生きてます。

きっと人生に辛いことが多かったら、③番の相手ってすごく有り難い人ですよね。

辛いことを楽しく変えてくれる人材。本当、プライスレス。

でも、人生楽しい人にとってはどうなんでしょうね。この効果を発揮する意味ってあるのかな。どうなのかな。

しかも、大体の人が人生を楽しくしたいハズなんですよ。未来に描く予想図はいつでも輝いているわけです。

この「あなたとだから」さんは、その道中には必要かもしれないけど、もし到達してしまったらどうなんでしょう。

いうなれば、シンデレラにとっての魔法使いのお婆さん的ポジションだと思うんですよね。

王子様に会いに行くためには彼女の力が必要だったし、綺麗なドレスを着て踊って、ありがとうお婆さん!「あなたがいたから、楽しかった」わけですよ。そうして王子様と結ばれて楽しい人生を送りましたと。

楽しくなってからの人生に、お婆ちゃんは登場するのでしょうか・・・?

もしかしたら王子様との幸せに飽きて、あ~綺麗なドレス作ってもらって、カボチャの馬車に揺られてる、あの時が一番よかったわ~なんて思い出すことはあるかもしれないよね。

でもたぶん、灰かぶりのシンデレラには戻ろうとしない。

両想いになるまでが一番楽しかったっていくら言う人も、別れようとはしない。

だって、今が幸せなんだもん。それは喜ばしいことだけれど。

これを思っちゃったときは、ちょっと切なくなりながら「ありがとう」って思ってます。

あと、相手の言葉を上塗りしたくて、ちょっと大げさに「とっても楽しかった!」っていってます。

結論:考えすぎ。

いってしまえば、こんなのはただの「考えすぎ」だ。

わたしが勝手に気にして、勝手に切なくなったりして、勝手に脳内で変換している。

ただ、やはり言葉は自己表現のツールだと思うから。何気なくいった言葉は、本当に本心なんだろうか。

 

シンプルに楽しかったと表現したい。シンプルな言葉が聞きたい。

単純に感謝の気持ちを表現したいのだ、だから好きかどうかはわからない。きっとそれを伝えるのには、もっと素敵な言葉がある。と、私は思う。

同じカロリーを使って気持ちを伝えるなら、より正確に伝えていきたい。

それはとても奥が深いし、まだまだ道は長いし、完全なる自己満足なのだけれど。

スポンサーリンク
スポンサーリンク