岡山県、屏風祭りで見た景色。見ず知らずの人に“おひろめ”する無防備は幸せを呼ぶのかもしれない

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はじめて一人暮らしをしたのは18才のころ。

 

学校とアルバイト、それからライター業。

いくつもの顔を抱えていた私生活は控えめにいってボロボロで。

東京の郊外にあった安アパートの一室には、ほとんど帰っていなかった。

 

そんなわたしが当時お付きあいしていた彼によく言われていたことがある。

「ちゃんと鍵をかけて家を出なよ、一応ここ、東京なんだからさ」

 

家に物をほぼ置いていなかったわたしは、あまり鍵をかけずに生活していた。

開けっ放しの家に帰ると合い鍵すら渡していないはずの彼がいて、ご飯をつくってくれているのが常だった。

色んなものに無我夢中だったわたしが彼の料理の味になんど救われたかはわからない。

フリーライターの中馬さりの(@chuuuuuman)です。

わたしは今、日本をふらふらと旅をしながら生活しています。

今回、訪れたのは岡山県。

その中でもお話ししたいのは美観地区で行われていた“倉敷屏風祭り”(くらしきびょうぶまつり)についてです。

偶然、参加することができた倉敷屏風祭りは、冒頭の思い出がよみがえる素敵なお祭りでした。

 

岡山県を旅してであった“倉敷屏風祭り”とは

倉敷屏風祭とは、毎年、阿智神社(あちじんじゃ)の秋祭りにあわせて行われているお祭りです。

お祭りといっても、出店が並んだり花火があがるものとはちょっと違って。

倉敷市のお家が通りに面した戸をはずして、家の屏風(びょうぶ)や生け花でもてなすというものです。

一度は失われた伝統だったようですが、平成14年ごろから復活したのだとか。

立て看板を頼りにみんなの”おひろめ”を見てまわる

屏風を公開しているお家は看板をたてています。

それを目印に、普段から倉敷で生活している人はもちろん観光客の方も、それぞれのお家で屏風や花を見ていきます。

家に入って何をするかというと屏風や花を見てまわるだけ。

お茶が出てくるわけでもないし、家の人が見張っているわけでもありません。

ただそこには自分の背丈よりも大きな屏風や、外に出したら崩れてしまいそうなほど繊細な花が飾ってあるんです。

屛風祭りの最終日、この日は雨がふっていました。

参加している人達だっていちいち傘をたたまなくてはいけないし、お家の前はちょっとした渋滞が起きていて。

保管の仕方で考えたら最悪なことこの上ない。18才の自分をたなにあげて“無防備だなあ”なんて思っていました。

 

それでも、見ず知らずの人に「綺麗だね」「立派だね」なんて声をかけてもらえてる状態はすこし羨ましく感じました。

人でもモノでも、見られることってひとつの幸せだと思うのです。

しまいこめば確かに傷つくことはないだろうけど。

無防備に公開されたものたちに“なんだか幸せそうだな”と感じてしまいました。

 

倉敷千載楽(くらしきせんざいらく)が踊る町

倉敷屏風祭りを歩いていると、賑やかな掛け声が聞こえてくることがあります。

それは倉敷千載楽(くらしきせんざいらく)の声。

倉敷千載楽とは、布団を重ねた形の太鼓台。お神輿みたいなものだそう。

千載楽は美観地区を練り歩くのだけど、きまった場所で力強く舞うタイミングがあります。

そのときばかりは大盛り上がりで、大きな人だかりと太鼓と掛け声があふれていました。

本当に写真に残したかったのだけれど、人が多すぎたことと自分も夢中になってしまったことで断念。次に来たときは綺麗に収めたい……。

 

倉敷屏風祭りと合わせて飾られた生け花たち

この日は倉敷屏風祭りを合わせて、商店街のあちこちでは生け花がかざられていました。

もともと美観地区の街並みはとても綺麗で、池やお庭はついつい写真を撮りたくなってしまうほど。

こういう日本らしく綺麗なものって、なかなか見る機会が少ないのではと思うのです。

探したらあるのかもしれないけれど、普段の忙しい中でそれを見つけるのは困難で。

眺められるだけで、なんだか贅沢な気持ちに。

それをさらに彩ってくれる生け花たち。

ちょっとおめかし仕様の美観地区が、なんだか背伸びをしているみたいで可愛い。

 

夕方の17時には”おひろめ会”は終わっていました

お祭りのように出店がずらりと並ぶことはなくても、美観地区には食べ歩きにぴったりなお店が並んでいます。

わらび餅にお団子、練り物にコロッケ。

どれも明らかに美味しそうなものばかりで、行ったり来たりしながら好きなものを選んでいきます。

お気に入りの食べ物とフラフラ歩いているうちに、人の流れはまばらに。

美観地区の終わりははやく、17時にはほとんどのお店が閉まってしまいます。

街灯が灯った美観地区も粋なものではあるけれど、今回お話ししている“倉敷屏風祭り”も17時には終わろうとしていました。

観光名所ではありますが、美観地区には民家もまじっています。

標識のある住居にちらほら灯りがつき、晩御飯の香りがたちはじめていました。

こんなに綺麗な街並みなのに暮らしている人達の暖かさを感じて、なんだか自分の人生も豊かにできそう――そんな気持ちになりました。

岡山の美観地区、くわえて屏風祭りは、ほどよく非日常的な時間でした。

今思えば、東京のひとり、鍵をしめずに暮らしていたわたしは確かに頭がおかしかったのだと思います。

それでも鍵をしめていたらすんなり懐に入ってくる彼との生活はなかっただろうし、町全体で暮らしているような感覚を味わうことはなかったはず。

あっけらかんと“おひろめ”された屏風や生け花たちから、呆れ口調で注意をしながらも見て見ぬふりをしてくれた彼に8年越しにありがたいなと思いました。

ものと人を同列に考えるのはちょっと可笑しなことかもしれない。

でも、大事にしまいこまれるより傷つきそうでも誰かに支えてもらう幸せも確かにあるはず。

岡山の屏風祭りに運よく参加することができたのは、そんな初心を思い出すめぐりあわせだったのかもしれません。

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