待っててほしい、と言われたときに考えてみてほしいこと。【男女・別れ】

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「待っていてほしい」という言葉の心理とか、そんなものは無意味。関係ない。

重要なのは、待っていてほしいという言葉の終着点。ここに思いをはせる必要がある。

待っていてほしい=●●

言葉の終着地点というと抽象的だけれど、そもそも待って、待って、待ち続けて、得られるものは何か。

付き合えるかもしれない。好きになってもらえるかもしれない。

でも、その付き合える相手、好きになってくれる相手とどうこうできたら、自分は幸せなんだろうか。

そもそも「待っていてほしい」という時点で少なからず相手の可能性を奪っている。

ただ待つだけ・・・そんな風には思っちゃいけない。

その間に、動いて、挑戦して、試行錯誤して得られるものを捨てているんだ。

待っていてほしいって言葉は、相手がその間に何かを得られる可能性を根こそぎ奪っている。

待っている=変わらないでほしい

そもそも、待っていてほしいという言葉には「その状態で、変わらぬあなたでいてください」「成長も後退もしないでください」という意味が内在している。

好きなら好きのままいてほしいし、少しの間そのままで、変わらないでいてほしいのだ。

けれど、人間は年を重ねる。維持はプラスもマイナスもないことのようだけど、年齢(レベル)が上がっているのに現状が変わらなければマイナスだ。

待っていてほしいといった相手は、自分をマイナスのレベルに落としてまで歩調を合わせるべき存在なのだろうか。

待っていてほしい=追いつきたい

「待っていてほしい」の中には、追いつきたいから待っていてくれ、なんてバリエーションもある。

受験なり仕事なり出張なり、何かしらの要素を片付けたい。何かしらの分野で、追いつきたい。だから待っていてくれと。一件綺麗に聞こえる。

けれど、それは現時点でのマウンティングによるもの。

マウンティングとは、大辞林さまによると以下の意味合い。

サルがほかのサルの尻に乗り、交尾の姿勢をとること。霊長類に見られ、雌雄に関係なく行われる。動物社会における順序確認の行為で、一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して、攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする」という意味。これが転じて、人間関係の格付け争いを表す言葉として用いられるようになった。

簡単にいってしまえば、人間関係で「どちらが勝ってるのか劣ってるのか」なんてこと。

このマウンティングは何の根拠もないただの主観だ。だから、彼が追い付いたと判断するのはいつになることかわからない。

追いつけるのは1ヶ月先、1年先、もしかしたら10年先かもしれない。非常に危うい。

さらにいうと、1ヶ月や1年、10年も先になればいい加減こっちだって成長している。

1ヶ月たったら髪型も変わってるだろうし、1年先なら仕事も違うかも。10年先って体つきすら変化している。小学生が社会人になっちゃってたりするのだ。

成長した先では、今、求めているものよりも上を求める。

高校生の時は、勉強ができて、運動ができて、イケメンが学校で人気だったかもしれない。

それが、自分にはないから待っててくれって言ったとしても、時が流れて社会人になれば、経済力とか生活の相性とか、高校生の時は考えもしなかった要素が加味されるだろう。

これは当たり前のことであり、仕方がないことなのだ。

結局、後から追いかける立場は、追いつく+α の努力が必要になる。

犠牲にしたものが、大事かもしれない

さらに、何かを得るためには犠牲にした対価が、実はこっちにとっては超大事かもしれない。

例えば、今の自分じゃ家事もできないから待っててほしいと言ったとする。

1年後、炊事洗濯スキルもあがって余裕ができたから無事結婚。

毎日お弁当も作って、死にそうなくらい掃除するけど、結婚できました!

だけど、彼は潔癖かってくらい綺麗な家に帰るより、家族の時間や会話を大事にしてほしい人だった。

夫婦の時間もとれず、子どもも作れず、あるのは料理人が作ったような弁当と帰ると既に寝ている妻・・・みたいな。

いや、これはだいぶ妄想が壮大だけれど。それでもいくら好いていても別の人間同士だ、離れて努力するというのは意思疎通が難しい。

自分が待ちたくて待つのか

ただ、自ら待っている人は素敵な強さがある。

自分と相手がどこまで考え方をすり合せたのか冷静に判断する必要があるけれど。

待ってくれって言葉に翻弄されるわけでもなく、待った先で、何があっても受け入れられる。

そういう強さが美しいのは、何年たっても変わらないのだと思う。

「わたしが待ちたいと思ったからいいんだ」

一瞬でも疑問がかすめたら前に進むことを恐れないでほしい。けれど、こんな風に言える人は何があっても受け入れられるのだろう。

それは、待ってくれと言われたから待ったんじゃなく本人が待ちたくて待ったからだ。