殻にこもる20歳。世間のスピードに合わせない利点。

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お題は「20歳」

 

「20歳」・・・。

 

「20歳」か・・・。

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20歳の中馬は殻にこもっていました。

 

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20歳の中馬は殻にこもっていました。

もうたぶん、シェルダー君にだって負けません。

 

20歳って言ったらさ、大学2~3年なわけですよね。中馬も例にもれず、某大学の2年生でした。ちなみに中馬が通っていたのは、服飾系の女子大。人形館にはいったんじゃないかってくらい、みんな可愛い。ちょっと自慢。

入学当初は単純にテンションあがりました。可愛いもの大好きなんです、中馬。でも、自分がオシャレじゃない劣等感や、センスのなさが悔しくて仕方がない。ぐるぐる、悶々としていました。

2年生にもなるとオンリーワンっていう便利な言葉を覚えて、開きなおってたんですけど、のちのち聞いたら皆もそうだったんだって。(笑) もはや校風といえますね。

 

そんな等身大の自分を知りはじめた、大学2年生。「20歳」のとき・・・。

 

中馬は高校に入り浸ってました。

殻にこもるついでに、高校にこもっていたワケです。

 

通信制高校。世間のスピードに合わせない生き方。

なんで高校?!ってなりますよね。

今行ったところで席もない。クラスメイトもいない。後輩だって、そんなに来られちゃたまったもんじゃないでしょって。

 

でもね、中馬のいっていた高校は通信制だったんです。

席は在学中からありません。

クラスも在学中からありません。

後輩?そんな概念がありません。

でも、みんな自分のタイミングで卒業するから、友達はみんな在学していました。同じタイミングで卒業した仲間も、遊びに来ていました。(笑)

 

もうね、この通信制高校に入ったあたりから、世間のスピードに合わせない修行を始めていました。

 

何にも属さない。ただの中馬っていう不安。

通信制ってナニよ?って方はどうぞ。

 

ccc.hatenablog.jp

  

これらの知識は高校2年生の時に得ました。

というのも、高校1年生~2年生は、よくある都立の普通科高校に通っていたんです。制服着て、部活してっていう普通の女子高校生をやっていました。

ちょっとアルバイトをやりすぎちゃってたくらいです。(人見知り克服するためにやったらハマってしまった。)

 

1つ目の高校は学年制で、1年の内に履修しなきゃいけないって決まりがあるじゃないですか。それにひっかかって、留年せざるを得なくなってしまったんです。

 

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イヤイヤイヤ、絶対だめ!!!!!

中馬は納得がいきませんでした。(笑)

色々と野望がありまして、もうどうにかストレートで卒業したかったんです。クラスメイト、学校や塾の先生、アルバイト先の大人たち、Google先生などなど、あらゆる人たちに泣きつきました。

 

みんな助けてくれました。「野望が・・・どうしてもやりたいことが・・・!」って食ってかかる女子高校生。そうとう気持ち悪かったと思います、本当にありがとうございます。

 

で、当時付き合っていた彼氏の担任の先生*1が、この通信制の高校を教えてくれました。(笑)

 

生涯学習って言葉をもっと身近に考えていい。

学び方っていうのは自分で考えて、自分で選んでいい。

口に出せるほどやりたいことがあるなら、まだ選択肢が残っているよ。

  

 それが、その次の4月入試の締切前日。

その帰りに通信制高校に行き、次の日には願書を提出。

同じ日に退学届をだしました。

 

納得できない!って叫んでいた次の日には部外者。通信制の受験はこれからだから、あっけないくらいに ただの中馬 になりました。

当たり前のように学割も効かない。制服も着ない。それがもしかしたら、ずっと続くかもしれない。当たり前のように毎日9時からの行動が決まっている、その安心感を知ったのは権利を捨ててからでした。

どうしようもなく不安で、でも今まで張りつめていたものがフッとなくなって。ひたすらに自由でした。 

 

 不安の中で出会ったのは、自分を隠さない仲間。

 

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まあ、で、ぶじ合格できたんですけど、その後も不安はつきまといました。

 

驚きのレポートまみれ、1単位も落とせないフルタイムの週一授業平日の昼間は大学受験の勉強。夜はアルバイト。とにかく野望のために必死でした。

今思えば、ただまわりに甘えればいいだけだったのになあ。それができるだけ恵まれていたのに、不器用でした。

 

高校でであった仲間たちは、同じくらい不器用な人たちでした。

自分で大学の入学費用を払うために、土曜日以外は働きづめだった彼女。孫に高校はどんなところか教えたかったから、入学したおばあちゃん。まわりからの期待につぶれて、でもまた学校に通い始めた人。

アルバイト先のまかない(ラーメン)しか食べす、骨が弱って骨折した同い年の彼は、今も元気でしょうか。

 

みんなは、毎日をすごく楽しそうにしていました。 きっと、今までの生活だったり、はたまた当時の平日だったり、辛いことは沢山あったのに。

それなのに、土曜日だけは、わざわざ行く必要のない学校に通っていました。みんな、100%自分のためだけに頑張っていました。

 

それまで、まわりの顔色をうかがっていた私には衝撃的で。『ああ、自分って隠さなくていいんだ』と心から思えました。

 

 

20歳は思いっきり殻にこもった。好きな人とだけ、一緒にいた。

わたしは、20歳は思いっきり殻にこもっていました。ただひたすら、好きな人とだけ一緒にいました。『自分を隠さなくていい』ということを、自分にしみこませたかったんです。

 

まわりを窺って、いらない気を使ってしまう生き癖をどうにかしたかったんだと思います。あなたのためを思って、と人のせいにする自分と決別したかった。

好きなこと、好きな人、好きなもので完全武装して、ひたすらに自分に素直でいました。

 

で、出た結論が、好きなことだけしてたって生きていける。

むしろそれって、すごく幸せな生き方。

 

ccc.hatenablog.jp

 

 

また、好きなことをトコトンすると、今までの回り道に納得ができました。

辛いことも、よかったことも含めて。自分でしたことの責任を、自分でとれるようになったんです。

(もし、他人のスピードに合わせていたら『退学なんて学歴は恥でしかない』なんて思っていたかもしれませんー。)

 

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20歳でこの経験ができたのはそれまでに会えた人たちのおかげ。

20歳がいい転換期だったって思えるのは、それ以降に出会った人たちのおかげ。

 

そう、ナチュラルに思えることが、とっても嬉しい!

これからもそう生きていきたいと思う、といった感じで、20歳の思い出話はいかがでしょう?(笑)

 

 

*1:その彼氏とは退学したのち別れちゃいますし、この先生が彼氏繋がりで優しくしてくれたかは疑問ですけど、本当にわたしって人運イイんですよね。