「ライター=体をはる」なんて死ぬほど思わないでほしい理由と思い出を聞いてくれ

スポンサーリンク

中馬さりの(@chuuuuuman)です。

普段、わたしは雑誌やメディアなどに記事を納品しお金をいただく「ライター」という職業を主にしています。

最近はありがたいことにSNSで反響をみては1人ほくそ笑むという、幸せかつ気持ちの悪い午前2時をすごしがち。

twitter界隈のみなさま、本当にお世話になっております(敬礼)

 

でね、たま~にこんな言葉を見かけるんです。

「体はっててライターって感じ!」

「中馬ってこんな体育会系だった?(笑)」

ネットを介さないリアルな友人も言ってくれたことがあります。

あの、とっても嬉しいです。

 

いや、微塵も体育会系ではないんですけど嬉しいです。

 

ううう、嬉しいんですけどおぉぉ。

実は、ずっとモヤッとした気持ちも一緒にかみしめていました。

どうしても「ライター=体をはる仕事」とは思ってほしくないからです。

ライターとして独立する前のわたしの話

時はさかのぼり、ちょっとだけ思い出話。

わたしがライターという職業に出会ったのは高校3年生の春でした。

今から7年から8年ぐらい前のことですね。

当時のわたしは諸事情で普通科高校の自主退学を決定。

将来への不安をこれでもかと抱えていました。

運よく別の通信制高校に中途入学を決めていたものの、週5日あった登校日はたったの1日に。

家から自転車で10分という地元の学校に通っていたのに、今後は新宿という大都会に1時間半もかけて通学するだなんて……。

女子高校生という肩書きさえ失いかけたあやふやな自分を、社会へポーーーイッと放り出された気がして困惑していました。

ま、自分で選んだんですけどね(笑)

とにかく当時のわたしは不安で不安で仕方がなかったんです。

ライターは不安まっさかりなわたしが出会った希望だった

そんな不安まっさかりなわたしが、唯一、絶対的にもっていた野望。

それが

「文章を書いて飯をご飯を食べていく!」

というものでした。

小説家でもいい、エッセイストでもいい、新聞記者でも何でもいいから、とにかく書く仕事に就きたかったんです。

(活字中毒がこじれるとマジで厄介きわまりない)

 

そんな血迷ったわたしが出会ったのは、とあるライターさんがやっていたブログでした。

そのライターさんは「ライターという職業がとても好きだ」と書いてらしたんです。

しかも、ライターだったら

  • 外に出ず在宅でも仕事ができる
  • 対人(接客)が苦手でも仕事ができる
  • 子育てもしつつ活躍している人がたくさんいる
  • 学生でも挑戦ができる
そんな風に書かれていました。

ライターに惹かれた真っ黒な理由は、底辺レベルの自分でも可能性を信じられたから

藁をもすがる精神状態だったこと、そのライターさんの文章がとても素敵だったこと。

理由はいろいろありますが、そのブログを100%鵜呑みにしたわたし。

めっっちゃくちゃ勇気をもらいました。

これだけやりたい「文章を書いて生きていく仕事」がある。

しかも、貧乏学生でコミュ力に難ありの自分でもそこそこに稼げるかもしれない。

一度なってしっかりと基盤をつくれば、結婚や子育てをすることになっても何かの事故で外に出られなくなっても続けられそう!

(結婚が自動的にできると思っているアホなのはスルーしてください、JKの過失です)

 

当時のわたしはひきこもりでコミュ障、文章を書いて生きることしか考えていませんでした。

控えめにいって社会不適合者ですし、なかなか底辺だと思います(高校を中退するレベルですからね、お察しください(笑))

ライターって職業はそんなわたしでもできるかもと感じた職業。

今までの人生で1番「まともに稼いで生きている自分」を想像できたお仕事だったんです。

これをきっかけにライターの仕事を開始、25才の夏には独立することになります。

これだけ続けることができたのは、あのライターさんがブログに書いてくださっていたとおり「ライターは学生でも挑戦ができ、ひきこもりでコミュ障な自分でも稼ぐことのできる職業」だったからです。

「ライター=体をはる仕事」だったら今のわたしは絶対に存在しない。

 

今では、ありがたいことに取材案件をいただくこともあります。

一生懸命に書いた記事は思い入れやこだわりがありますから、読んでもらいたいしシェアだってします。

でも、それが全てではありません。

あのきっかけをくれたブログのとおり、在宅でするライターのお仕事もたくさんあります。

わたしだって、シェアこそしなくてももう少しコピーライティングよりのお仕事や、在宅でのお仕事もしています。

それらはそれらで、もっている限りの知識や思いをもって書いている記事たちなんですよね、やっぱり。

体をはらなくてもできる、それもライターの魅力の1つだ

体をはっているライターさんも素敵だなあと思います。あの方たちってなんであんなバケモノ級に面白いんでしょうね?!

ごくまれに「体はってる」と言ってもらえるわたしの記事も、書いていてすごく楽しいです。取材で得られるものはたくさんあります。

でも、ライターの楽しさって体をはったから得られる部分だけではないと思うんですよ。

 

それに、体をはらずとも驚くほど感動する記事やそれを生みだすライターさんは沢山います。

体をはるとかはらないとかは、全く関係ない。

感動する文章は感動する。面白いものは面白いもん。

そういう文章を生みだせて、1円でも稼げるならやっぱりライターはライターですよ。

体をはるとかはらないとかは、全く関係な(略)

 

 

余談ですが、高校生のころの自分と同じように

「やっべ、どうしても外でたくねえぇぇ」

「文字書く以外で生きてるのが想像できないんだけど」

「コミュ障は死ねっていうのか?!」

「妊娠とか結婚しても仕事したーーい!自分で稼ぎたいもんーーー!」

なんて思っている方が、ライターって職に出会って少しでも生きやすくなれたらいいなと思います。

わたしがとんでもなく生きやすくなったから!

だから、「ライター=体をはる仕事」とは死ぬほど思われたくありません。

ライター業の楽しみ方、働き方は絶対に自分なりに選べます。

スポンサーリンク